幸せハラスメント

 

 

 

 

 

Today's author くるぶし

 

この前テレビで「エンジョイハラスメント」という言葉を聞いた。

オードリーの若林さんが番組で言っていた言葉で、

「(仕事って)楽しまなきゃいけないの?」

あるいは季節のイベントなど「(ハロウィンも)楽しまなきゃいけないの?」

なんでも楽しくなきゃいけない。楽しいのが正しいんだ、みたいな考え方に異議を唱えていた。

 

見ていたたくさんの人が共感したみたいで、ネットで探せばすぐにその話題が出てくるほど。

私も共感して思わず兄にメールを送ってしまった^^;

 

人生は、仕事は楽しくなくてはいけない。楽しいはずだ。というエンジョイハラスメント。

それだけではなく、あらゆる「こうあるべき」「こうであるはず」というポジティブな偏った見方が

私にとってはハラスメント。

 

 家族なら、友達なら、恋人なら分かり合えるはずだ、という「絆」ハラスメント

「好きなこと」を仕事にするという「生きがい」ハラスメント

「解放する」「手放し」「許し」「開示」。。。「癒し」ハラスメント

「本当の自分」でいなさいという「ありのままの自分」ハラスメント

 今をやたら肯定したがる(過去と区別したがる)「もう大丈夫」ハラスメント。

 

このどれも、全て手を出して全てよけい苦しくなった(笑)。

 

ほんとかな?だって、お釈迦様が何千年も前に気づいていたんでしょ?

人生は生きるそれだけでそもそも苦しみなんだって。


「一切皆苦」

 

私なんかが今さらだけど、素晴らしい言葉だと思う。

一個人の感想なんかじゃない。「真理」なのだから。

そう。いまさら私がうったえなくても、証明しなくても

お釈迦様が数千年も前に気づいて「真理」として教え伝えてくれている。

 

「人生は何一つ思い通りにはならない」と。

 

 

これはまた別の番組だけれど、最近ニュース番組でずっと報道されている悲惨な事件の背景に、

若い人たちの自●殺願望があるということについて北野武さんがこんな風にコメントしていた。

 

思い通りにならない。うまくいかない。悩んだり苦しんだりして、

自分の居場所がなくて、結果、今の人たちは「何のために生きているんだろう」って思っちゃう。

 

「思い通りにならない。うまくいかない。」って悩んだり苦しんだりして、

ああ、だから、これが生きてるってことなんだな

生きているからこそ、これを感じることができるんだなって何で思わないんだろう。

 

彼はバイクで生死を彷徨うような体験をしている。

生きるってことは死があって初めて存在する現象であることを実体験として知っている彼の言葉だなぁと思った。

 

痛みも、苦しみも全部生きているということの証明(あかし)。

 

「こんなはずじゃない」「こうあるべき」って思ってしまうと、

まるで人生に起こってくる出来事が間違っているんじゃないかって思ってしまう。

あるいは、そう感じてしまう自分の方が間違っているんじゃないかって思ってしまう。

 

自分だけが苦しいのかもしれないって。

こんな風に感じてしまうのは、思ってしまうのは間違っているのかもしれないって。

ただでさえ苦しいのに、そんな自分を否定したり隠そうとしたり。。。

インスタをみれば、誰だってそう思うでしょ?(←インスタハラスメント)

 

ほとんど強迫観念のような「幸せ」ハラスメント。

こんなんじゃ行き場がなくなって当然だと思う。自分すら自分を疑って責めてしまうとしたら。

 

 

そして「人生なんてクソだ。(ライフ イズ クラップ)」という私にとっての事実。

 

この言葉と出会ったとき、それによってこれを認めたとき、

ついに(こんなはずじゃないという)抵抗をやめたとき、ほんとに心底安堵したのを覚えている。

 

そうだ、お釈迦様の「一切皆苦」を現代(いま)の言葉で訳してみたような言葉だ。

(お釈迦様は結構いいとこ出の御坊ちゃまだったらしいから、

庶民のように「クソ」などという言葉は使わなかったのだろう)

 

前述のメールの返信に兄が、

「クソだけど、あまりクソ塗(まみ)れにならないように(笑)」とメールをくれた。

 

うん。そうだよね、お兄ちゃん。

だから、クソって認めてしまえば、クソに向かって行こうとはしないでしょ。

クソをどうにかしようとすることがクソに塗れるってことだとしたら。

 

「こんなはずじゃない。人生は美しくあるべきだ!」って思ってたるら、

一生懸命目の前のクソと葛藤して。。。そしてクソに塗れてしまう(笑)。

 

クソはクソだものね。

それを認めたら、いまのこの瞬間に初めて安堵することが、還(かえ)ってくることができるから。

 

そしたらね、そんなクソな世界の中に

ふと見えてくる美しいものが立ち上がってきたりすることがあるように思うの。

きっとずっとそこにあっただろうに、クソに塗れて気づかなかったんだろうな。

 

美しくあるべきとか、こうあるべき美しさだとか

そんなものを持ち運んでいた時には見えなかったもの。

 

そう、お兄ちゃんが言ってくれたとおり。

 

Life is crap.

 

そして

 

Life is beautiful.

 

 

 

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