夢の壊し方 @ ライフ イズ クラップ

 

 

 

 

Today's author  くるぶし

 

お兄ちゃんへ^^

 

この前の記事のタイトル、やっぱり「夢の叶え方」と

「ライフ イズ クラップ」とはどう見ても不似合いかな(笑)。

だって「人生なんてクソみたい」と言ってるんだものね。

 

で、今日はタイトル変えて「夢の壊し方」にして見た。

どう、しっくりくる?

 

でね、結局は二つとも同じことを言ってるの。

 

「夢は何?」とか「夢がある?」とかっていう時、すごく綺麗ゴトに聞こえる。

だから、「夢を持つべき」だとかってなるじゃない?

 

じゃなくてね、いや、それでもいいんだろうけど

私にとっては思えば「苦しみの原因を知りたい」という

エネルギーも、願いのそれであり、夢だったと思う。

 

それってものすごく勇気のいることなのに、

そのためには何だってできたきがする。

時間やお金も使ったものね。

 

でね、やっぱり夢はたった今のものだと思う。

たった今自分を生かすもの。動かすもの。

 

苦しむことも悩むことも含めて。

 

自分の中の種火が消えてしまいそうな感覚も含めて。

そしてそれでもなお消えずにいる事実こそ。

 

かつて「求めない」という言葉が耳に残ったことがあるけど。

すごく大切な言葉だと思う。だって、キリがないもの。

多くを手に入れてなお苦しみの中にいるとわかる人はいるよね。

 

でね、それを(頭だけだけど)知った上で

「求める」ことって大切なんじゃないかな。

 

真理の言葉であるのを盾にして、実は傷つくのを恐れていた気がする。

誰かに、というより人生に体ごとで「求める」ということ。

 

そして、同時に一番思うのは

決して誰もコントロールしたくないってこと。

 

こんな風にあえて思うくらいだから、

コントロールする、されるってことの両方ともが自分の記憶の中に、

身近にあるんだと思う。

 

それが自分を息苦しく、生き苦しくしてきたんだと思う。

だから、「求めない」ように、傷つかないようにしてた。

 

でも、そうじゃない。そうじゃないよね。

コントロールしないのは、求めない(感じない)ようにすることじゃないもの。

 

夢なんてクソ喰らえ。

 

自分のいる場所(日常)や、自分の体の一歩も外にそんなものはないもの。

今朝目覚めたこと、その延長線上にあるリアルなもの。

 

「感じられない」と知ってることも、渇望してこそだから。

 

だから、研ぎ澄まさせていたいよね。苦しくても。

渇いているのなら、ちゃんとそれを捉えていたいもの、誤魔化さずにね。

 

そう、苦しみは全面的な「生」への憧れだもの。

 

あはは、ちっとも嬉しくない。

夢がないよね(笑)

 

だから、私の「夢の叶え方」は「夢の壊し方」なの。

 

 

Life is crap.

 

Life is beautiful.

 

 

 

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