当たり前 というウソ

Today's author くるぶし

 

 

お兄ちゃんへ

 

お疲れまさ^^

 

昨日から 凹み加減。理由はまたないの。理由はないけど、体というかそういうバイオリズムのときだから気分も落ちるし行動もそうなってしまうのかな。理由がないといけないみたいに思ってたけど、そういう時だってあるっていうことか。

 

株のグラフみたことあるでしょ?あれって一直線に上昇するんじゃなくて落ち込みを繰り返しつつ上昇するじゃない?バイオリズムでもなんでも、そういうのある気がするね。それでバランスをとってるのかもしれない。

 

そんな凹みな1日だけど、改めてありがたさを実感したこともあったよ。

 

コンビニの公共料金の支払い。

今日仕事前にコンビニでコーヒーを買うついでに支払いをお願いしたんだけどね、改めて考えてみるとどうやってここで支払ったお金がその業者に支払われていくのかわかんないけど、そのシステムを作ってくれた人やそれを代行してくれているコンビニの人に自然に感謝の気持ちが湧いてきて、思わず「コンビニで払えてホント助かります」っていったんだ。

 

そしたら後ろに並んでた女性がね、「ほんとよ。銀行やったら並ばないかんに。ここやったらいつ来てもレジですっとやってくれるもねぇ」って。 

 

ほんとに。

 

あとね、今日、電話である通販メーカーにタブレット(健康補助食品)を注文したんだけどね、その時に対応してくれる女性って(何回か注文しているけれど)毎回違う人になってるじゃない?

きっと受注センターには担当の女性がたくさんいて注文や問い合わせなど1日に何件も受けているわけで、私にとってはその人はたまたま電話を受けてくれた注文をお願いするひとであり、その人にとっては注文をうけるたくさんの客の一人ってことでしょ?

でね、注文をうけるその物腰はとても柔らかく丁寧で、そしてソツがなく、それもまた全くわざとらしくなくて。

 

でも、やっぱり想定された流れのなかにいて、お互いの顔(存在)がリアルに浮かび上がらないんだよね。

 

それでね、最後に担当の彼女が「コールセンター 奥山(仮名)が承りました。ありがとうございました。」と言ってくれるでしょ?

その時にね、「奥山さん、 ありがとうございました。」ってお返ししたの。ほんとにありがたいって思ったから。

おそらく、流れで言った自分の名前をこちらが返すとは思ってなかったんだと思うんだけど、いままでの「流れ」にそった奥山さんの丁寧な声ではない、リアルな奥山さんの声になって、再度「ありがとうございました」って返してくださったの。

 

間違いなく、そのひとはそこにいるのよね。

そのひとの人生、その人の1日があって、そのひとのいまがわたしのそれと重なってる。

それぞれの流れをただやりすごしてもなんの問題もないのだけれど、「その人はそこにいる」という気づきは、遠くの顔もみたことのない人でも、毎日顔を合わせていて違いに気づきにくい近しい人にも、だからこそ大切じゃないかなって思う。

 

今日よりも大切な日なんてない。

いまよりも大切ないつかなんてないんだものね。

 

ほんとに、嬉しかったんだ。奥山さんのこと(笑)。

だから、ちょっと報告まで。

 

 

あしたはちょっとは浮かぶかなぁ(笑)。

 

じゃあ、またね。

 

注)この記事にどっか「間違い」があるよ。面白かったからそのままにした。くるぶしお疲れかも(笑)

 

 

当たり前じゃない、いま、お読みいただいた出会いに感謝です。応援よろしくお願いします。

                 犬  猫

                                      

 

 

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