自由とは 例えば「根も葉もあるウソ」

Today's author くるぶし

 

お兄ちゃんへ。

 

おつかれさま。^^昨日ぐらいから仕事も架橋にはいってるかな。どう?(笑)

 

あのね、この前話した「勉強の哲学 〜来るべきバカのために〜  千葉雅也」の本。

もったいなくて、第1章からなかなかすすみません(笑)

 

だってね、簡単に読み進められる本じゃないの。

見たことのない、聞いたことのない文字が並んでいるわけじゃないけど、でもそれは聞いたことのない全く新しいことを伝えているっていう確信がある。

 

読み慣れた、聞き慣れた言葉。そう思っている言葉が実は今まったく違う可能性をもって新しい事実を新しい世界を教えてくれているのかもしれない。

 

ひとは、言葉によって自由を得たかもしれないけれど、その自由は実は限られた世界(その言葉が同じ認識をもって使われる世界)にでのみ得られる自由で、いまいる世界そのものに不自由さを感じているとしたら、それはもう限界があるでしょ?

 

私が初めて言葉によって新しい世界を知ったのは、森瑤子さんのエッセイかもしれないな。

あんな大人の世界、しらなかった。会話にリズムがあることも初めてしった。

 

「根も葉もあるウソ」

 

覚えてる? 新しい言葉は何一つないのに、この組み合わせは斬新でとっても自由。なんか、大人な匂いがプンプンしてて憧れたよね。

 

山田詠美さんだったかな。

「きっかけは体。成り行きは心。」

 

普通さ、恋愛って「心」から入っていって、相手をお互いに見定めてから。。。っていうのが前提であるけど、そっちの方がむしろ打算的で不純なんじゃないかっていうね(笑)。

彼女の本を何冊か読んで、私の中の「純粋である」という言葉は、世間一般に使われるそれとは全く違うものになって生まれ直したんだよね。つまり、その意味での「純粋」のある世界を知ったということ。(それまでは知らなかったんだよね。)

 

この「勉強の哲学」にも出てくるけど、言葉の組み合わせを敢えて変えてみるだけで、新しい世界が生まれるなんてね!

普通はそうこないでしょ(そうは使わないでしょ)っていう言葉の並び。

映画のタイトルってカッコイイの多いよね!

 

「明日に向かって撃て」

「太陽を盗んだ男」

 

この本の中では「リンゴはくじらだ」「丸い四角形」という言い方を例に出して、言葉が本来全く自由であることを書いてあるんだけどね。なんかさ、こんな風に書いたら捕まっちゃうんじゃないかっていうくらい抵抗があるでしょ?

 

でも、そんなこといったらさ、ピコ太郎なんて即逮捕じゃない?(笑)

 

「アイ ハブ ア ペン♪」

 

これなんてさ、もうこれは英語でもないし日本語でもないわけでしょ。ただの言葉の羅列でしかない。

ああ、でも、ピコ太郎現象も「来たるべきバカのために」だったのかもしれないね!

 

そうそう、これも!

 

「くるぶしの記憶」 by くるぶし

 

いいでしょ^^ v

私が作った最高の言葉(言語)です。意味のない、起承転結のない美しい記憶が逆にいまを浮かび上がらせてくれるような。クスっとなる瞬間となによりも大切な自分とだれかの身体感覚と。

 

そして、忘れちゃいけないのが、

 

ライフ イズ クラップ

 

これは、ほんとに出会ってしまった。

もちろん、スラングとしてのこの言葉はしっていたけれど、お兄ちゃんの解釈(フィルター)を通すことで、全く新しい言葉になったよね。

 

ライフ イズ クラップ (人生なんてクソだ)。というこの言葉には、ライフ イズ ビューティフルという意味も含まれている。

そもそもその時にいうビューティフル(美しい)という言葉だって、実は私たちは全く違う意味をさしているのかもしれないよね。

 

言葉を知ることで自由になる。

同時に言葉によって不自由であることを知る。

そこからもう一度、言葉をフラットにすることで、そこから自由になる可能性を手にすることができる。

 

この本にも書いてあるように、言葉は結局限定するものだから、完全な自由っていうのはないんだよね。

完全な自由って、それこそ言葉にする前、私たちに認識される前のそれだものね。

 

でも不自由であることをしって、その不自由さが起こっている「仕組み」をしることによって、その仕組みにいつのまにか組み込まれてしまっていることから一歩出ることは可能なんだろうね。それしかないって思っていたことが、本当は無数に他の可能性もあるってこと。

 

そう、ほんとにこの動機(苦しみから自由になるために、何が起こっているかその仕組みを知りたくて)、これがなければ「勉強」は私の人生に起こらなかっただろうな。(笑)

 

ここまで勉強したか^^; (逆に言えばそのために苦しんだのか?)

 

来るべきバカのために

 

この前電話でいまの職場でのお兄ちゃんの活躍ぶりが中学校時代のそれのように感じたっていったけど、あの「ノリ」といまの「ノリ」は全く違うよね。

 

単純にバカなノリ。みんなでワイワイやれる。これが、代位1段階。

いったん、昔の自分がいなくなるという試練を通過する。これが、第2段階。

しかしその先で、来るべきバカに変身する。第3段階。

(「勉強の哲学 〜来るべきバカのために〜 」 千葉雅也 )

 

第二段階長かったね〜〜(笑)

いや、これからもあらゆるごとにこれは螺旋のようにこれらの段階をくぐり抜けていくものなのかもしれないね。

 

でも、とりあえず、この流れでの第3段階。

ぜひぜひ楽しんでね!^^

 

じゃあね。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。ライフ イズ クラップ応援よろしくお願いします。

                 犬  猫

                                      

 

 

スポンサーサイト