それじゃだめなのよ 

Today's author くるぶし

 

 

女性作家の塩野七生さん 

 

いまおいくつなのかな。

 

イタリア文学に詳しく歴史小説なんかも書かれていて、本人もイタリア在住。

 

私は著書を拝見したことがないくせに^^; 、雑誌やテレビなどで本人を拝見して素敵だなと思っていました。

 

 

その塩野さんのある雑誌のインタビュー記事。

日本とイタリアの文化の違い、その影響をうける国民性の違いについて語っていたように思う。

 

久しぶりに日本に帰ってきて、あるデパートで買い物をしていた時のことを例にだして語っていました。

胸元のあいたVネックのセーターを探していて、店においてあった商品を手にとってみていたとき、女性店員が塩野さんにこう声をかけてきたのだそう。

 

「そのVネック、胸の開き具合が丁度いいんですよ。

 

開きすぎず、狭すぎず。」

 

 

ここに、日本(の国民性)があるらしい。

 

 

つまり、イヤらしいのは困るけど、でも、適度のセクシーさは欲しい。

 

露骨に誘っている感はノーだけど、でも、やっぱり気にしてほしい。見て欲しい。

 

 

その出来事(Vネックのセーター)に、塩野さん。

 

 

「それじゃだめなのよ。」 

 

 

か、かっこいい。(笑)

 

 

私は見せたいのよ。

 

誘ってるのよ。

 

 

と、塩野さんが言ってたかどうかは覚えていませんが、このエピソードと塩野さんの「それじゃだめなのよ」を聞いて、ものすごく納得したし、年上の素敵な女性がこういう感覚をもっていることを知って同じ女性としてすごく。。。嬉しかったのを覚えています。

 

 

 

シャツのボタンを、セーターのVネックの胸元を

 

「開けすぎず、狭すぎず」というほうがアザといではないか。媚びているではないか。

 

そう思われたくないけど、でもそうしたい。そうしたいけど、そうは思われたくない。いさぎ悪いではないか。

 

 

シャツのボタンをもう一つ外す時、もう少し深めのVネックを内側に重ね着なしで素肌にまとうとき、やはり「開けすぎず、狭すぎず」というときには必要のない「見せる」という姿勢が必要で、それでいてそこだけに頼らないその人自身の全体が放つ美しさのようなものに本人が自信をもっている必要があるんだと思う。

 

「自覚」といえるのかもしれないし。

 

でもそれは、他人と比べる容姿ではなくて。年齢に関係なく、痩せていても太っていても関係なく、全ての女性(男性)がもっていてしかずべきものではないかと思うのです。

(そしてそれは誰の許可もいらない。いや、むしろ自分にしか自分に許可を出すことができないものだと思う。)

 

 

 

多くのために造られた既成の最大公約数的「上品」さからは、着る人のもつ独自の「エレガント」さはうまれ出ない。

 

一方、自分の肌感覚から生まれる緻密な計算は、それが身に纏われたときにはもう計算外のことが生まれることを知っているんだと思う。

 

 

 

 

昨日、秋物が並び始めたデパートのショップで定番のVネックのセーターを見つけて手にとってみた。

 

「丁度いい」胸元の開き具合。

 

 

「これじゃだめなのよ。」

 

と、大人な女性を気取ってみる。(十分おとななんですけど^^;)

 

 

 

まだまだショップには秋物は並び始めたばかり。

 

慌てずに、探せばいい。

 

わたしに「丁度いい」一枚を。

 

 

 

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